離した手 1

騒然となる港。

人ごみをかき分けやっと掴んだあの手を
離しさえしなければ
今とは違う未来もあったのだろうか。


『離した手』  第1話

暴漢に襲われ、アイツの記憶だけ失ったオレは
アイツを見る度に何故だかイライラして
八つ当たりするようにひでぇ言葉を投げつけては追い返していた。

あきらたちはその度に切なそうな顔で
「早く思い出せよ、司…」と言ってきていたが
オレはその言葉にさえイラついていた。

毎日、毎日オレの病室に顔を出すアイツ。
何を言ったって怯まねぇし、凄んだってビビリもしねぇ。
こんな女、姉ちゃん以外にいたのかよ…。
どうやったって負けてるような気がして
どうにか傷つけてやりたくて言った一言だった。

「思い出せねぇって事はオレにとっちゃ重要な記憶じゃねぇって事だろうが」
あの日、アイツに言ってやった言葉。
何を言ったって言い返してくる生意気な女だったのに
あの日だけは違っていた…。

「…そうだね。そうかもしれない。
 もういいよ…思い出さなくて。私も忘れることにしたから」

そう言って下手くそな作り笑いをしたアイツは静かに部屋を出て行った…。
「バイバイ。道明寺…幸せにね」
あの時だってオレはそんなアイツの後姿に、確かに焦燥感を覚えたのに…
追いかける事はしなくて。

それっきりアイツはオレの前に現れなくなった。
アイツが来なくなって、ホッとする自分と焦る自分がいた…。
でも後者は認めたくなくて、気付かねぇフリをしていたんだ。

本当バカだったよな…。
オレの細胞はちゃんと警鐘を鳴らしてたっつーのによ。

アイツの記憶が戻らないまま時間は過ぎて、
アイツがオレの前に現れないせいか、
あきら達もいつの頃からかアイツの話はしなくなっていき、
オレ達はジュニアとして
それぞれの家の跡取りとして働き出していた。

そんなある日4人で飲んでいた時だった。
あきらと総二郎は入口で女としゃべってやがる…。
別にいつもの事で気になんてならねぇが
類はさっきからソファに横になったまま寝てんのか動かねーしつまんねー。
「おいッ!いい加減こっちに来いよ!」
2人に呼びかけると、女共に別れを告げつつこっちに来る。

「なんだよ司。ご機嫌ナナメだなー?」
そう言いながらオレの隣に座るあきら。
「欲求不満なんじゃねーの?
 たまには司も女と遊んで発散させろっつーの」と総二郎も席につく。
「あんな香水プンプンさせてギャーギャーうるせぇ女なんか
 興味ねぇっつってんだろうが」
「はいはい。オレらにはどうやったら健康な成人男性が
 女ナシで生きてってられるのか理解できねーよ」とため息をつく2人。

その時、類のケータイが鳴った。
普段は電話なんて起きてたって平気で無視したりするクセに
パチッと目を開けて通話し始める類。

「……ん、わかった。……いいよ、すぐ行くから待ってて」
普段ならあり得ないような類の優しい声。

「今からどっか…行くのかよ?」気になって聞くと
「うん。迎えに来てほしいんだってさ」
類が人を迎えに行く…?ますますあり得ねぇ。
「誰を迎えに行くんだ?」そう聞くオレに
「お前は知らない女、だよ」と不敵に笑って出て行った。
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離した手 2

類が言った「オレは知らない女」
何事にも無関心なハズだった類の挑戦的な瞳…。

なんだか気になってしょうがねー。


『離した手』    第2話


「ごめんね。花沢類」
とあるBARの奥にある個室でつくしが類を迎えた。

「ん。いいよ。で?大河原は?」
「まだ起きないのよ…。滋さんの家の車呼べたらいいんだけど
滋さんの家の番号知らなくて…」
そう酔いつぶれて気持ちよさそうに眠る滋をチラッと見ながら
申し訳なさそうに話すつくしに類は「ちょっと待ってて」
とクスッと笑って店の外に出て行った。

そしてすぐ戻ってきた類の後ろには大柄で黒づくめの男の人が2人。
そのうちの1人がどこかに電話をかけて
もう1人が滋さんを抱きかかえて頭を下げてから出て行った。

「え?どういう事?」
「あれ、大河原んとこのSP。外で待ってたんだよ。
 事情話して連れて帰ってもらうように頼んだんだ」
「なるほど…。って!だったら電話で教えてくれたら
 花沢類がわざわざ来る事なかったじゃん!」

「いいんだよ。俺が牧野に会いたかっただけだから」
と相変わらずの王子様スマイル。
こんな綺麗な顔を目の前に突き出されて
赤面しない女なんているんだろうか…。

「あ。顔真っ赤…」類がプッと吹き出す。
「もう!からかって!」そう怒りながらも赤面は治らない…。



「なぁ…類って女いるのか?」
さっきの事が気になって聞いてみただけなのに
何故か気まずそうに顔を見合わせる2人。
「なんだよ?」
オレが問い詰めると、

「女ってワケじゃねぇが…さっきの電話は牧野だろ、たぶん」
総二郎が答えれば「だな」とあきらも同意する。
「牧野……?」
何か聞いたような名前だな…。でも知らねー奴なんだっけ?
そう考えていると、
「お前の記憶から消えた牧野だよ」とあきらが答えた。
あぁ…いたな。牧野って言ったっけ、あの生意気な女。

アイツ…さんざん「私は花沢類の女じゃない!」とか言ってたが
結局は類狙いの女だったって事かよ。
で、類は類でまんざらでもないってワケか。

オレは勝手に結論付けてそう思っただけなのに
胸の奥が少し痛くなったような気がして
いつもより深酒しすぎていつの間にか堕ちていた。


めったに見ねぇ夢を見てた気がする…。
…英徳の敷地内でオレは誰かを追いかけていた。
妙にちっこくてすばしっこい……女?
あれは…牧野、だよな?
やっと追いついてその手を掴んだと思ったら
アイツはスーッと消えるようにいなくなっちまった…。
何だっていうんだ。

…バカくせぇ。たまたま今日あの女の名前を聞いたから
似たようなフォルムになっただけだろ。

それでも全身は嫌な汗でビッショリと濡れていた…。

離した手 3

あの夜以来、ずっと
牧野の存在が頭から離れねぇ…。

アイツが頭に浮かぶとイライラする…。


『離した手』   第3話


オレのオフィスに類がやってきた。仕事だ。
「よ。司」
類と会うのはあの日以来だ。

仕事の話も一通り済んだ頃。
「そう言えばこないだの電話…牧野だったんだろ?」
オレが言うと類は少し驚いたような顔をして
「何?司から牧野の名前が出るなんて何年ぶり?…何か思い出した?」
「いや。オレはあんな女知らねぇけどよ」
ぶっきらぼうに答えると、
「そう…。で?その司の知らない牧野がどうしたの?」
すげー棘のある言い方で返してきた。
「別にどうもしねーよ…。ただあんな生意気な女のどこがいいのかと思ってよ」
からかったつもりだった。
それなのに
「牧野はいい女だよ。俺は牧野が好きだしね」
さも当たり前だと言うように答えて、さらに
「でもさー。牧野は他に好きな奴がいるみたいでさー
 今、振り向かそうと頑張ってるとこ」
そう続けながら、残っていた紅茶を飲みほした。

その日の仕事が終わって、リムジンの中…。
類の帰り際の一言が頭から離れねぇ…。

『司は牧野の事知らないんだから、邪魔…しないでね?』

チッ…誰がするかよ。
なんだって今さらあんな女の事でイライラしなきゃなんねーんだ。

今思えば少なくともこの時のイライラは
類に対する嫉妬だったように思う。
オレの細胞はずっとお前を求めていたんだよな…。

オレがオレを取り戻したのはこの半年後だった。


激務に激務を重ねた結果、疲労困憊でぶっ倒れた。
所謂カゼだ。ただ熱が高ぇ、苦しい。
こんな熱出したのいつ以来だ?
確か高校ん時にもあった気がする…。
あの時は確か誰かが看病してくれてた…
首にネギを巻かれたりあり得ねー程乱暴な看病だったけど
オレを心配してくれてる気持ちだけはすげー伝わってきて…
それが嬉しかったんだよな…

「ま…き……の…」

意図せずに口から出ていた言葉だった。
でもそのうわごとのような呟きがきっかけになって
忘れてしまっていた大事な事が次々と頭の中に浮かんでは消えた。

牧野…。
どうしてオレは…。
よりにもよってお前の事を
忘れたりしたんだ。

牧野…。
オレは、全てを思い出した。

『私も忘れることにしたから』

そういえば類が言ってたな。
お前にはもう他に好きな奴がいるんだっけな。
そうだよな、あれだけ好きだと言って
追いかけ振り回しておきながら
あっさりと自分だけ忘れるような男なんて
有り得ねーよな。

『バイバイ。道明寺…幸せにね』

最後の最後までお前はオレの事を思ってくれてたのに。
でもオレにとってはお前がいない世界に
幸せなんて存在しねーんだよ。
仮にあったとしても欲しいのはそんな幸せじゃねぇ。

欲しいのは牧野…お前だけなんだよ。

でも今さら…

どの面下げてアイツに会えるって言うんだ。


離した手 4

「記憶が戻った」

だがどうする事もできないオレは
誰にもそれを言う事ができないままだった。


『離した手』   第4話


総二郎たちの他に滋と三条も加わって集まって飲むことになった。
滋と三条に会うのは久し振りだ。
記憶を失くしてからは会う機会も減っていた。
あの2人はオレ達と会う、というより牧野がいるから来てたようなもんだったからな。
…でも今日、この場に牧野はいない。当然だよな。

VIPルームの中でそれぞれ勝手に散らばり楽しんでいると
「来た来た!」とか言いながらケータイを確認していた滋と三条が騒ぎ出した。
「キャー!良かった!良かったよ~!!」と滋が飛び跳ねる。
「本当、可愛いですね~」と三条も滋のケータイを覗き込んでいる。
どうやらメールで画像が送られてきたようだ。

「おいおい。なんだよ」とあきらが大騒ぎしている2人に尋ねる。
「産まれたの!無事に産まれたんだって~、つくしのとこ!」
滋が興奮冷めやらぬ感じであきらにケータイを見せて、
「へ~!やったじゃん!」と総二郎と類も滋の元に寄って行く。

オレは…その場を動けずにいた。
滋の口から突然飛び出したアイツの名前。
それだけでもオレの心臓は跳ね上がったのに。

産まれた…とか言ったな。
それって…そういう事だよな?
牧野がガキを産んだのか?

衝撃がデカすぎて、体が自分の物じゃなくなったみてぇに動かない。
と、アイツらの輪から孤立しているオレに気が付いた滋が
「司も…見る?」なんて聞いてきたが
見たい気持ちよりも怖い気持ちの方が強くて
「…いや、いい」としか言えなかった。
「…そ、そうだよね」と滋も気まずそうにケータイをしまった。

その後も牧野の事が気になってずっと上の空だ。
牧野……お前は今幸せってことだよな。
オレは…お前のその幸せを喜んでやるべきなんだよな。
頭ではわかってる…オレはどうこう言える立場じゃねぇ。
わかってる。わかってるけどよ…。

「司…何かあったんじゃない?」
いつの間にいたのか、隣に座っていた類に問いかけられる。
「…何かってなんだよ。別に何もねーよ」
「ふーん?今日は何かいい顔してると思ってたのに
 今度は急に魂抜けちゃったみたいになってるからさ?」
何も答えないオレに類は続ける。
「牧野んとこの赤ちゃん、カワイイよ。
 俺、大河原に写真転送してもらったから見せてあげよっか?」
「……いらねぇって言ってるだろ」
唐突に核心つくんじゃねーよ。心臓止まるだろーが。
こっちはまだ気持ちの整理がついてねーんだよ。
アイツがオレじゃねぇ誰かと幸せになった証なんて見れねぇし
だからってそれに嫉妬する権利もないんだからよ。

「類は…。ま、牧野が好きだったんじゃねーのか?その…平気なのかよ」
「うん?別に平気でしょ?それに俺はとっくにフラれてるし。関係ないよ」

類の言う“見守る愛”ってやつは、オレにはどうしても理解できねー。
オレはやっぱり好きな女は自分の手で幸せにしてやりてーし、
他の男に笑いかけるだけでも許せねー。
押し付けだって言われたってそれがオレにとっての“愛”ってやつだ。

たとえフラれてたとしても、他の男の子供を産んだっつーのに
どうやったらそんな平気な顔してられんだよ…。

オレが黙り込んでいると、
類はもう我慢できないと肩を揺らしながら笑いだした。
「なっ…!何がおかしいんだよ!」
意味が解らなくて類の肩にパンチを入れる。
「やっぱり見せてあげる。牧野のとこの赤ちゃん。…ハイ」
いきなり目の前にケータイを差し出されて否応なく画像を見せられて…

一瞬マジで心臓が止まったと思う。

そこには…




3匹の子猫が写っていた…。

クソッ!
紛らわしー言い方してんじゃねーよ!滋!


離した手 5

牧野んとこの赤ちゃん…
それはアイツが飼ってる猫の事だった。
子猫はそれぞれ滋と桜子がもらう約束をしていたらしい…。

勘違いで良かったとは思うが…
オレの寿命は確実に縮んだぞ。


『離した手』   第5話


類は一頻り笑い転げた後、急に真面目な顔して
「司…記憶、戻ってるんでしょ?」
別に隠してたワケじゃねぇ。言いだすタイミングがなかっただけだ。
「…ああ」
やっぱりね。と特に驚きもしない類。

「…牧野は、今どうしてる?」
一番気になってた事を聞いてみる。
「んー?そんなの本人に聞けばいいでしょ?
 なんで牧野に会いに行かないの?怖い?」

…怖えーに決まってんだろ。
アイツがオレを待ってるとは思えねーし。
アイツの隣にはもう他の誰かがいたっておかしくねぇ。
オレの顔を見て怒るならまだいい、いくらでも殴られてやる。
…でももし、もし困られたりしたらどーしたらいいんだ。

「あれから何年経ってんだよ。今さら…だろ」
「ふーん?司がいいならいいけどね。
 でもお前っていつからそんな臆病になったの?」
そう言いながらオレの肩をポンっとグーで叩いた類は
いつかも見たあの不敵な笑顔で席を離れて行った。

類にバレた事で、他の奴らにも記憶が戻った事が広まった。
そうなれば自然と酒の肴がオレになる。

「いや~。記憶のない司はひどかったよね~」と滋。
「えぇ。私が先輩なら立ち直れませんよ、あんなの」と桜子。
2人の視線が痛い。
「まぁまぁ…。記憶喪失になったのは司が悪いワケじゃねぇだろうよ」
とあきらが苦笑いしながらフォローを入れてくれる。

「で?司クンは何をそんなにビビってんのかなぁ?」と総二郎。
「つくし今モテモテだもんね~。司の入る隙なんてもう残ってないよ、きっと。
 つくし狙ってる人って類君を筆頭に何人いたっけ?」と滋が言えば
「私が把握してるだけであと3人はいますね。でもきっとまだいますよね。
 相変わらず先輩は鈍感で見てるこっちがイライラしますけど」と桜子が答える。
この2人はオレを牧野の仇とばかりに攻撃するつもりらしい。

「へぇーそんなモテてんのかあの勤労処女は」と今度は総二郎がニヤニヤ。
アイツがモテるのなんて当たり前だろ。
なんたってこのオレが惚れた女なんだからよ。

「そういえばこの間、男とお茶してるの見かけたなぁ」
聞き捨てならねーあきらの言葉にピクッと反応してしまう。
いくらアイツがモテるとわかってても、
他の男といる事に嫉妬を覚えないほど心の広い男じゃねぇ。

「えー何それー!その人が本命なのかな?」と滋。
「どんな方だったんですか?そのお相手」と桜子。
もしそいつが牧野に1番近い存在なら
オレにとっては最大のライバルになるって事だ。
どんな奴がくらいは一応聞いておきたい。と耳を傾ける。

「ん?俺らには敵わないとしてもなかなかいい男だったぜ?
 ただ…デートって言うよりは明らかに仕事だったけどな」
そこまで言ってゲラゲラ笑いだすアイツら。

クソッ…!完全におちょくられている。
…でも不思議と全然ムカつかねぇな。
おちょくりながらも尻込みしてるオレに発破かけてくれてんだろ?

…なんか久しぶりかも知れねぇ。こんな感覚。
記憶を失ってる間はイライラしてばっかで
何やってもつまんねー毎日だった。
それが今はどうだ。
こいつらにおちょくられてる自分が嫌いじゃねぇ。

アイツらの話を聞く限り、牧野に今彼氏はいないんだろう。
…まだ間に合うのかもしれねぇ。
いや、間に合わなくてもオレからすればあいつを取り戻す以外、
選択肢なんてもともとねぇんだ。


あの時、離しちまった手をもう一度掴みに行ってやる。



離した手 6

アイツらの情報じゃ
牧野は今弁護士らしい。

たった1人でF4に向かってくるような女だった。
今も戦ってんのかと思うと自然と顔がニヤけてきた。


『離した手』    第6話


さて。もう一度手に入れると決めたはいいが、
どうやってアイツに近づくかが問題だ。
アイツがオレに会いに来なくなったまま、もう何年も会ってねぇし。
どうせなら高校生のガキのままじゃない
大人になったオレを見せつけてやりてぇよな…。

色んなパターンを考えていたオレだったが
そんな事は全て無駄になる。

移動中、長い信号待ち中にふと目に入った喫茶店。
普段ならそんなの気にしたりしねぇのに
なんとなく眺めていると中に牧野がいる事に気付く。
どんな人ごみだってオレは一発でアイツを見つけてしまう。
1人で何か難しい顔して書類とにらめっこしてやがる。

そんな事より、だ。
なんだあれ。すげー綺麗になってんじゃねーか。
あんなのアリかよ。
やべぇな。ちんたら作戦なんて練ってたら
いつ他の奴に掻っ攫われてもおかしくねぇ。

「車止めろ」
運転手に指示を出してアイツがいた喫茶店にそっと入る。
店員が窓側の席に通そうとしてくるが
オレは無視してアイツに見つからないようにの後ろの席に座ってやる。

アイツは相変わらず書類に夢中で
耳をすますとなんかブツブツ言ってやがる。
久し振りに聞いたアイツの声にニヤける顔が抑えられそうにねぇ。
慌ててその辺にあった新聞を読んでるフリして顔を隠す。

勢いでこの店に入ったものの…
やっぱ声かけりゃ良かったか?
これじゃまるでストーカーみてぇじゃねぇかよ。
かと言って今さらどう声かけたらいいのかもわかんねぇ…。

そんな事を考えているうちに、読み終わったのか
「う~ん…」とアイツが背伸びをして書類を片づけだしたようだ。
横に置いていた鞄をガサゴソしていたが
急に音が止んだ…。

……席を立った気配はねぇが、帰っちまったのか?






……心臓が口から飛び出すかと思った。

この日はお気に入りの喫茶店で
依頼のあった件について、過去の判例を読んでいた。

ようやく読み終えて片づけをする。
ふと気付くと、店内はけっこう空いてるのに
すぐ後ろの席に誰かが座ってる事に気が付いた。
なんとなくチラッと見ると新聞を読んでる人がいて
顔までは見えなかったけど
その新聞の上から頭のてっぺんが少しだけ見えていた。

…っていうかさ、
……あんなクルクル頭ってさ。
………道明寺以外に存在するの??

一度そぉーっと前を向きなおして深呼吸してみる。
すっかり冷めた珈琲も一口飲む。うん、美味しい。
いやいや…。落着けつくし!
こんな事で動揺してたら弁護士なんて務まるかっつーの!
よく考えてみなよ。あり得ないでしょ。
こんな普通の喫茶店の珈琲をアイツが飲むハズない!
そ、そうだっ。あたしが知らないだけで
アイツ有名人だし、中身はともかく見た目は完璧なんだから
あの髪型マネするの流行ってるんだよ、きっと。
うんうん、そうに違いない!

そう結論付けた所で後ろの席でケータイが震える気配。
私は前を向いたままだったけど全神経は
背後に集中していたと思う。

しばらくブーブー震えていたが鳴りやむ。
で、またすぐに鳴りだす。
軽く舌打ちをして、小声で話しだした。
「…なんだよ。……チッ。戻りゃいいんだろ?」
そう言って後ろの人は喫茶店を出て行ったようだった。

事実を確認したかったけれど
あたしはその人の方を振り向けなかった。
だって…あの頭で、あの声なんて
やっぱり道明寺だったんじゃないの?



離した手 7

偶然、そうきっと偶然だ。
道明寺がすぐそこにいた。

でもどうしてこんな所に道明寺がいたの…?


『離した手』    第7話


あれから数日経ったある日。
帰ろうとしたら会社の玄関に花沢類が立っていた。

「まーきの。ご飯行こうよ」
時々こうやって突然現れる花沢類。
王子様スマイルで誘ってくれるのはいいんだけど場所を考えてほしい…。
慣れてるとは言え、周りの女性の視線はやっぱり痛い。

どうせこの王子には何を言ったってムダなんだし
さっさと場所を移動する方が得策だと思い直して
花沢類の車に乗り込んだ。

「何食べたい?」
「何でもいいけど…私今日あんまり持ち合わせないからね?」
働き始めて昔に比べれば自由なお金も持てるようになったが
このお坊ちゃまたちの感覚に合わせられるはずがない。
「何言ってんのあんた。女の子に払わせるワケないでしょ?
 じゃあ俺が決めていい?この間見つけた店で…」
言いかけた所で花沢類のケータイが鳴る。

チラッとケータイを見た花沢類はピッと通話ボタンを押して
私にケータイを渡してきた。
「俺運転中。ちょっと要件聞いといて」
「へ?相手誰よ」小声で聞く。
「いいから」ともう一度前にケータイを出す。
もう…。変な所で強引なんだから。
仕方ないと耳を当てて話す。
「はい…花沢のケータイですが…」
プライベートの方のケータイだったし仕事の電話ではないんだろうけど
相手が誰かもわからないし当たり障りない対応をしておく。
が、相手の反応がない。
「あの…もしもし?」
「………牧野か?」
聞こえてきたのは道明寺の声だった。


「で?司なんだって?」
電話を切った私に何でもないように聞いてくる花沢類。
「いつものとこで西門さん達と飲んでるから来ないか…だって」
一応伝言の義務は果たした所で
「…っていうか!なんで私に出させたの!ビックリするじゃない!!」
「だって知らない人間じゃないんだし、別に問題ないでしょ」
しれっと答える花沢類。

「あたしはそうかもしれないけど…でもアイツにとっては違うでしょ」
そう。アイツの記憶の中にあたしはいないんだから…。
もうずいぶんと長い間考えないようにしてたのに…
やっと忘れられそうだったのに…
この間の喫茶店といい、今といい、
今さらなんでこんな思いをしなきゃなんないのよ…。


結局、合流する事にしたらしい花沢類は車を走らせ、
ぼーっとしてる間に気が付くと店の前まで来ていた。
「今日滋さんたちはいないんでしょ?」
聞いてみると、そうなんじゃない?と花沢類が頷く。

「じゃあ男同士で楽しんでおいでよ。私やっぱり帰るから」
やっぱり道明寺に正面から会うのはまだ……。
「えー。司は牧野にも来いって言ってたんでしょ?」
確かに言ってた。『お前も暇なら来いよ』って。

「…うん。でもまた今度誘ってよ」
「じゃあせめて送ってくよ」という花沢類の言葉も丁重にお断りして別れる。
ここからなら電車でもすぐだし
夜風にでも当たってさっきから早鐘を打ち続ける心臓を落ち着かせたい。

あいつ…潔癖なくらい女嫌いだったくせに…。
『お前も暇なら来いよ』
そんな軟派な事が言えるようになったんだ。
それともまだあたしを花沢類の女だと思ってんのかな。

…バカみたいだ。

あいつはもうあたしの事なんてなかった事にして
立派に道明寺財閥の跡取りとしてやってるっていうのに。
あたしばっかり未練たらたらで…。
知らない女とでもお酒を飲めるようになったあいつが嫌で……。
…あたしにはそう思う権利なんてないって言うのに。

あまりにも不毛な思考に大きなため息が出る。
「ダメだ。…帰って寝よう」
はと気付けばいつのまにか駅の前で。
ようやく心臓も落ち着いてきたっていうのに、
後ろから腕を掴まれて聞こえた声にあたしの心臓はまた早鐘を打つ。

「…マジで帰んのかよ?」


離した手 8

類はやってきた…が、
電話には出たくせに牧野がいねぇ。

「そこまで来てたんだけどね。
 なんかやっぱり帰るんだってさ。」
そう言いながら類がチラっとオレを見て座る。
類が座ると同時にオレは立ち上がって走り出していた。


『離した手』   第8話


店を出てしばらく走ると、アイツの後姿を見つけた。
ちょうど駅の階段を上ろうとしているところで追いついた。

「…マジで帰んのかよ?」
捕まれた腕から順にたどるように視線を上げて
すっげぇ驚いた顔でオレの顔をまじまじ見てくる牧野。
なんだよ。オレは幽霊じゃねぇぞ。

「……道明寺。」
アイツの声がオレを呼ぶ。
それだけでオレの心臓はこうやってドクンと高鳴るのに。
オレの細胞の全てがコイツに反応してるのに。
どうしてあの頃のオレはこの気持ちをイラつきと間違えたんだ…。

「あの離して…下さい?」
掴んだままのオレの腕を遠慮がち押しのけながら言う牧野。

「お前、オレに敬語なんか使った事ねぇだろうが
 気持ちわりぃから今すぐやめろ」
アイツがオレと距離を取ってる感じが気に入らなくて
つい声が低くなる。

「え…」
きょとんとする牧野。すっげぇカワイイ。
今すぐにでも抱きしめてぇけど…
ここじゃさすがにマズいか。

「行くぞ」
そう言ってアイツの腕を離してそのまま手を取る。
この小せぇ手を掴んだのは久し振りだ。

「ちょ…!どこ行くの?」
オレに引っ張られるようにして歩く牧野を無視してオレは進む。

連れて来たのはメープルのバー。
ここならゆっくり話ができるだろう。

「何飲む?お前酒はいけるのか?」
ここのバーテンの作るカクテルはうまいが
強い酒を使ってるやつも多い。
だからオレは酒に強いかどうか聞いたつもりだったんだが

「もう!バカにして!あんたは知らないでしょうけど
 あたしはとっくに成人してるっつーの!」
と場所が場所だけに声のトーンは抑えていたが
どこをどう見たら未成年に見えるのか、と怒りだしてきた。

ダメだ。笑いが堪えられねぇ。
「くくっ…。知ってるよ。 歳がオレと1つ違いだから23だろ?
 強い酒はいけるのか聞いたんだよ」
そう言うと勘違いに気付いたんだろう。一気に顔を赤くした。
そのまま一瞬考えて
「あれ?でもなんでそんな事あんたが知ってんの?」
と聞きかえしてきた。だから答えてやる。

「もっと言ってやろーか?
 名前は牧野つくし、負けん気が強くてF4にだって屈っしねぇ。
 ムカつく事に類が初恋だろ?で、雪山ではオレが命の恩人…」
そこまで言うと
「あ~…はいはい。なるほどね。
 西門さんたちに何か言われたんでしょ?」
と不機嫌そうな顔つきで口を挟んできた。
さすが鈍感女。まだ気づいてねぇ。

「だったらこれならどうだ?
 オレとお前は土星人で運命共同体。
 そしてこれが一番重要だな。
 …お前はオレが惚れた唯一の女。…そうだろ?」

牧野の目を見てはっきりと言ってやる。
アイツの目が見開いて、しだいに潤みだす。

「…全部思い出した。
 お前の事だけ忘れて悪かった…」

でっかい瞳から涙が溢れてこぼれだした。
オレはその涙を親指でそっと拭ってやる。
 


プロフィール

koma

Author:koma
管理人komaの
くだらない妄想の世界へ
ようこそいらっしゃいました。

基本テイストとしては
ラブコメ風味の
ゆる~いつかつく道を
突っ走っております。

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